行事週間

行事週間

 9月下旬の「行事週間」に,体育祭・芸能祭・創作展の三つの行事が連続して行われます。いずれの行事も,企画,運営は生徒自治会を中心とした各委員会が自主的に行っています。体育祭は3学年のクラスを縦割りにしての対抗戦です。一学期から球技を中心にして対抗戦が行われ,その得点を持ち点として,9月の本大会で総合優勝を決めます。芸能祭は,音楽・演劇関係のクラブやオーディションに合格した有志団体の発表の場です。創作展は,クラスや文化系クラブが,展示・演劇・アトラクション等,創意と団結力を発揮して創作展大賞を競います。三つの行事を通して,生徒全員が何らかの形で意欲的に参加し,青春を燃焼させます。

主な年間行事

主な年間行事
行事
入学式
オリエンテーション
開校記念日
遠足
芸術鑑賞教室
合同合宿
海外語学研修
始業式 実力テスト
芸能祭
体育祭
創作展
10 授業公開日
12 スキー教室
始業式
実力テスト 映画鑑賞教室
修学旅行(2年) 卒業式

小石川高校行事の歩み

【芸能祭】  大正8年,本校が府立第五中として開校した同年に,紫友会の主催で「学芸会」が開かれました。昭和4年には,英語部と弁論部の合併である学芸郡所属の生徒たらによって主催されるようになり,終戦直後「芸能祭」と名を変え現在に至っています。
 当時の学芸会は,バイオリン,チェロなどによる名曲の演奏や,自ら英訳した「ロミオとジュリエット」の上演など充実した内容で,地域の方々の評判も大変よかったようです。
 現在の芸能祭では,部活動参加のほかにオーディションを通過した一般団体の出場もあります。また,2年創作ダンスや職員によるコーラスなど,幅広い舞台が楽しめます。さらに,運営担当の文化・放送両委員会の手で照明・音響が駆使され,まさに年々充実していると言えます。文化・放送両委員会から構成される芸能祭実行委員会が設置され,また最も優秀な団体に「芸能祭大賞」が贈られるようになりました。
【体育祭】  この行事も大正8年に始まっています。当時の「運動会」は,昭和4年「体育デー」と名を変え,昭和18年まで続きました。戦後には以前の「運動会」で落ち着いていましたが,昭和42年「体育祭」と変わり現在にまで続いています。
 競技内容は,昔も今も,クラス対抗の球技大会と陸上競技大会で構成されていますが,現在リレーと特別種目以外は,「予備大会」として行われているのに対し,初期の運動会でほこの両大会を同時に行っていたようです。当時は,教職員も生徒たらと一緒に競技し,あちこちから笑いと拍手が起こっていたとあります。現在では,予備大会での得点が本大会での持ち点となるため各クラスの力の入れようは大変なものです。また,大会の団体種目も独持のものが多く,リレーや予備大会の種目とともに練習と応援で盛り上がっています。
【創作展】  この行事は,開校翌年の大正9年に開かれた「夏期休暇記念展覧会」に始まります。さらにその翌年には「創作展覧会」と名を変え,しだいに「創作展」となり現在に至ります。
 夏期休暇記念展覧会は夏休み中に生徒たちが自由に研究・製作した作品の発表の場でした。翌年にはさらに多方面からの出品を求め,その中には小川未明・土井晩翠ら有名作家の原稿や,特許を得て実用化された製品もありました。また,当時の新聞に掲載されたり,3千人を越える見物人が訪れ,相当に注目されたようです。当時は個人作品が多かったようですが,現在ではクラスが一致団結して,総力としての「創作」を繰り広げています。
 「創作展賞」というものは,「第一回創作展覧会」からあったようです。当時は優秀作品に対し,メダルや賞状が贈られました。これは現在に引き継がれ,生徒の意欲をかきたてています。
【行事週間】  この名も本校独持のものであり「短期間に小石川高校の三大行事を行う」という生徒の思いつきからつけられたようです。そして,大正9年に前述の3つの行事が行われた時に初めて用いられました。しかし,その後三大行事がそろって行われる年はほとんどなく,これらが一斉に行われるようになったのは昭和28年以降のことです。さらに,昭和45年以降行事週間中には授業をせず,生徒が専心できるような環境が整えられ現在に至っています。
 行事週間では,毎年「立志・開拓・創作」の三校是と「自由」を掲げて諸行事に取り組んでいます。また諸行事は生徒の自主性の尊重に基づき,生徒自治の形がとられています。生徒はそれぞれ「秩序」と「責任」を持ち,より良いものの創造をめざして一生懸命取り組んでいます。

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